令和3年1月

24日入院 COVID-19生存日記
27日雑記 平日日中のテレビCM

令和3年1月24日(日) COVID-19生存日記

 ゆっくりと戻ってきた意識。看護師さん2人に囲まれて、ベッドの上で仰向けになっていた。お湯…?ああ、体を洗われているのか。
 「お帰りなさい」「良かったですね」意味は分からないけど、そんな声を掛けられていた。
 ポカンとしていると、「ここがどこだか分かりますか?」と問われ、返答しようとした声は…かすれて消えた。なんで声が出ないんだろう?
 なんとかひり出した答えは「広島の○○病院…?」全く違っていた。山口県岩国市の病院だった。
 多分これが、残ってる中で最初の正しい記憶。


 年末に新型コロナに感染し、重症化して死にかけました。


 後から思い出せば、入院待機者多数の広島でなく、実家のある山口県岩国市の病院に入院したんだった。別の病気で免疫抑制剤を飲んでいるので、重症化は必至。医師の判断で即入院が決まった。ラッキーだった。
 しばらく治療していたが、突然の悪化。菌が増えすぎて、自身の免疫が暴走してしまうサイトカインストームが体を襲った。これがあるからCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)は怖い。血中酸素飽和度が著しく低下し、陸の上で溺れる感覚。目の前にリアルな「死」が突きつけられた。
 思い出せるのはここまで。正直、ここまでも正しいのかどうか分からない。嫁の話では、薬で眠らされて、体に穴を開けられて管をいっぱい刺されて、人工呼吸器だった…らしい。医師曰く「酸素入れたら(?)45リットル入った(?)ので、まずは大丈夫でしょう。あとは体力勝負ですね」とのことだったそうだ。
 一日2万歩目指してウォーキングしてて良かった。体力貯金は全部使い切ったけど、こうして生きて帰ってこれた。

 気を付けているつもりだった。
 会食なんかしていない。ランチや外食は一人だし、誰とも話していない。一昨年に病気したので、コロナが流行る前から24時間マスクしてた。
 それでも、感染した。
 家族も、上司も、客も、周りの感染者は0。感染経路完全不明。すれ違い感染…?そんなン防げるかい。たまらんわ。

 Twitterやら嫁へのLINEやらがかろうじて残っている。いまだに記憶がはっきりしないけど、簡単に時系列をまとめると…
  1. 2020年12月19日(土)
    前日の夜から、諸事情で実家に一人で帰ってた。
    朝起きたら寒気。嫌な予感。夕方、とりあえず広島に帰ったものの、あっという間に38度を超える発熱。ヤベ。
    広島市民病院の救急外来行ってみれば、「ウチではコロナ関連の対応は出来ませんよ」というご無体なお答え。とりあえずCTとか撮って「コロナっぽいです」と言われながらも解熱剤と抗菌剤のみ。あー。
    万が一でも嫁に感染させないため、とりあえずそのまま岩国実家に一人で帰る。
  2. 2020年12月20日(日)
    いったん広島に帰ってPCR検査を受ける。
    結果、陽性(泣)
    しばらく岩国実家での隔離生活が確定する。
  3. 2020年12月21日(月)~
    会社や客先に報告。保健所判断では濃厚接触者は無しとのことだったけど、とりあえず皆様にPCR検査をしてもらう。
    結果、
    会社関係者…陰性
    客先…陰性
    嫁…陰性
    オレだけかよ。どうなってンだ感染経路…
  4. 2020年12月24日(月)~
    入院。即アビガン飲んで、熱が落ち着く。体調的には普段と変わらない感じ。
    …だったけど、日を重ねるごとにだんだんと息苦しくなる。
    薬も、最終的に医師の判断でレムデシビルに。でも直後の27日夕方にサイトカインストームでICU(集中治療室)移送→人工呼吸器?ここから記憶がない。
 初動を誤ったのか。何をすれば良かったのか。未だに分からない。
 意識が戻ったのが、新年とっくに過ぎた1月6日。9日間寝てた。
 この間に嫁から入っていた励ましのLINEが泣ける。返事がないのに一生懸命送ってくれてる。すまん…

 薬のおかげで苦しくはなかったけど、意識と記憶の混濁が激しかった。だって自分の立ち位置が全然分からないんだもの。
 いま見えていることは本当なのか。記憶がどこまで正しいのか。外部からの客観性が完全に失われた認識。これがけっこう厳しい。訳のわからない記憶も勝手に流れ込んできた。“治療の一環で雪の降る列車に乗せられた”とか。“「宝くじ号」の中で人工呼吸器付けてた”とか。
 最終的に「治療が成功して人工呼吸器が外れた。ここまで来ればもう大丈夫。命が助かった」ということを情報としては理解できた。実感はわかなかった。変な認識にねじ曲げられようとするのは、やはり薬の影響だろうか。※後日追記:記憶の消失・混濁は、COVID-19の症状にあるそうです。
 治療内容は、人工呼吸器で酸素を確保しながら、ステロイドで肺の修復。幸いにもステロイドがよく効く体質で、「ステロイドの申し子」とか言われてクソ複雑な気分。でも当初は「中等症」と聞いてた自身の状態も、蓋を開けてみれば「ぶっちぎりで重傷」になっちゃったらしく、それを切り抜けて生還できたのはまさしくこの体質だからって事を聞かされるとう~ん…
 声が出ないのは管のせい。気管に挿管されてた太っとい管の影響で、その後の声が全然出なくなった、らしい。

 頭で考えてもどうしようもない。9日間寝たきりだったので筋肉量がガタ落ち(4割以上削られたらしい)し、体もまともに動かない。看護師さんのなすがままにされるしかないベッド生活が始まった。
 というか、何もしないのに怒られない生活は、なんというか、快適でもあり、イライラでもあり。


 ここからの治療はとにかく休むこと。食うこと。寝ること。肺を治すこと。
 その後は体力回復。
 …それは分かっているけど…動けないレベルの入院は、人間の尊厳をグッチャグチャにかき回す恥ずかしさを伴った。

 ※注:当然、これは治療の一環としてやむを得ません。もちろん看護師さんもそんなの分かってて、ものすごく気を遣って丁寧な対応をしてくれてます。感謝しかありません。
 言ってしまうと、シモの話。動けないのでおむつになります。そしてそこに垂れ流します。生物である以上、必ず避けては通れません。
 小さい方は問題ありません。なんか管が付いて、勝手に別容器へ導いてくれるようになってました。勝手に出るので尿意すら感じません。
 が、問題は大きい方。避けては通れません。通れませんが…しょうがないとはいえ、おむつに意識的に致すのはどうしても抵抗があるのです。するしかなのですが…
 そしてその後のおむつ交換も。なすがままのおっぴろげ~です。すげー情けないです…

 自身の体力回復の第一目標は、一人でトイレに行けるようになること。行けないと、いつまでもこの恥ずかしさから解放されないから。
 ただ、そう簡単な問題じゃなかった。体が、筋肉の使い方を忘れている。体力低下は目に見えて分かるししょうがないけど、まさか立てない、立つ平衡感覚が失われているとは思わなかった。
 理学療法士の先生に付いてもらって、ちょっと立ってみた。瞬く間に世界が回った。立つとかそういうレベルじゃない。平行が意識できない。ああああああ…なんだこのポンコツ…

 まだICUから出られない状態。これがまたストレス。ICUの独特な雰囲気は、気づかず心をむしばんだらしい。ぶっちゃけかなり鬱に近い状態になった。
 薬が怖くて仕方なくなった。夜眠れなくなった。意味も無く泣くようになった。せん妄…というのだろうか、幻覚らしきものも見えた。
 ICUの他の患者も、おそらくCOVID19の中等症~重症患者。日を追うごとにベッドが…少なくなっていった。満床に近かったはずが、ガラガラになっていくのを見て、自分が生きていることが申し訳なくなってきた。
 まぁコレにつては、後日看護師さんから「あー、皆さん回復されて元気に退院されました。ここでの死者は0ですから~」と言われて腰砕けになったが。てか、最初から入院してるオレが残ってるってどんだけ重傷やったねん…

 看護師さんの本当に献身的な看護により、体は着実に回復していった。メンタルも。医師も「外が見えれば気分も変わるから」と気を遣ってくれて、ICUから一般病棟へ早めに移してくれるようになった。
 果たして、1月10日に一般病棟に移れることになった。久しぶりに浴びた日の光が、本当に希望の光に見えた。
 体力はまだまだ。トイレもまだおむつ。ただ、小さい方は尿瓶に移行できた。

 そこからはひたすらリハビリ、リハビリ、リハビリ…
 筋肉量はゴリッゴリに削られたけど、元の体力もそれなりにあったのが功を奏したらしく、理学療法士の先生がけっこうビックリするスピードで回復していった。
 立つのも、昨日できなかったことが今日できる。数秒だが立てるようになり、数歩だが震えながらも歩けるようになり。着実に、堅実に…

 リハビリ、リハビリ、リハビリ…

 補助器具を使えば前に進めるようになった。おかげでナースコールさえすればトイレに行けるようになった。

 リハビリ、リハビリ、リハビリ…

 補助器具がいらなくなってきた。ナースコールは必須だけど。

 リハビリ、リハビリ、リハビリ…

 もう一人で歩ける。体力無くなってるからトイレ行くたび汗だくになるのをなんとかしたい。

 リハビリ、リハビリ、リハビリ…


 PCR検査。
 1回目、5P(?)のうち1つだけ陽性が出ちゃったらしい。ただ、期間的にもう陽性判定が出るわけないし、死んだウイルスが出ることもあるそうなので、これは擬陽性、本当は陰性だろうとのこと。
 2回目、陰性。
 3回目、陰性。「2回連続で陰性」退院条件を満たした。
 トイレも、もうナースコール無しで行けるようになった。体力の回復具合を心配してくれていた理学療法士の先生も「やるリハビリは自宅でもできる」ってことで退院許可となった。

 1月19日。自宅に帰る。
 病院様、お世話になりました!

 「退院」。その響きのなんと甘美なことか。長かった…
 夕方に嫁に迎えに来てもらう。閉鎖病棟なので出口での再開となった。車椅子で運ばれて、手を上げた、が、最初気づかれなかった。けっこう風貌変わっちまってたらしい。髪伸びたし、10kg以上痩せたからなぁ。
 車に荷物を積み込んで、看護師さんにお礼を言って、いざ、自宅へ。あー…外だぁ…なんか泣けてくる。

 健康、本当に大事です。皆様くれぐれもお気を付け下さい。



 追伸。
 2日後にお風呂に浸かったら、荒れた肌から雑菌入ったみたいで翌朝38.6度の発熱。退院即入院てアクロバットを披露する寸前までいきました。
 アホだな~(そうだよアホだよ) 
※後日追記
お風呂、関係なかったみたいです。COVID-19の後遺症とのこと。
「PCR陰性でも、残骸が肺に残ってる限りサイトカインストームが起こりうる、今回もそれでしょう」
という診断でした。しつけぇぞ、COVID-19は…(泣)

 …もう入院はイヤやー。合掌。


令和3年1月27日(水) 平日日中のテレビCM

 …暇じゃ。

 退院したものの、「日常生活でリハビリ」=「日常生活がリハビリになるくらい何も出来ない」ってことなので。
 体力がごっそり無くなって、立って歩くだけで疲労ピークなんだなこれが。やれやれ。
 まぁちょっとずつ戻していくしかないんですけどねー。

 入院中もそうだった。てか、入院中こそ暇で暇で暇で…
 病院はテレビ無料だったから暇つぶしにはなったけど、寝るかテレビしか時間潰せるすべがないのよー。ネットも無いからどうしようもないのよー。
 スマホもアンテナ立たなかったしなー(泣)
 これでもメールとLINEだけは出来たので、上出来…か?まさに秘境である。ナンダカナー。

 まぁ平日日中のテレビを見るなんて、社会人やってたらあまりできない経験だから、面白かったっちゃー面白かったけど。
 特にCM。イマドキはスゲーのな。
 保険通販、時々葬儀
 こんなになってるんだ。スポンサー少なくなったからか、えらく様変わりしちゃってる。
  • 保険
    「○歳まで入れる」「持病があってもOK」ウンヌン。これがまたスゲー内容薄い。いわゆる弱者をカモにしたあげく、「どこまで保証があるのか」とか、「お金はいくらまで出るのか」とか、そういう説明は一切無し。たぶんキツい前提でのプランだと思われる。
    ちゃんと説明しようよ、やる気MAXオ○ックスな生命保険さん…
  • 通販
    定番。特に健康食品多いな。
    さすがと言うべきか、法律に抵触しないように「○○に効果がある」って文言は一切無し。「昔から○○は体にいいと言われている」「この商品は○○を煮詰めた濃縮カプセルで…」「(食べた人が)アーッ!って表情」なるほど。
    「今から30分以内に注文していただくと、もう1つ無料!30分過ぎると特典が無くなります!お早めに!」とか煽っておいて、翌日まったく同じCMが流れてるのはヘソで茶が湧く。
  • 葬儀
    入院中に見ると滅入る。以上。
 ほとんどこれ。そして無限ループ。見飽きた。
 まぁ視聴者層的には合ってる、のかな?時間帯的にお年寄りとか多そうだし。HAHAHAHA…



 CM出てる商品は絶対買わないようにしようとする自己防衛機能が働きました。合掌。